微小な分子から大宇宙にいたるまで、動くものは全て振動しており、振動している間は特有の音を発します。人間の可聴能力は、毎秒20Hzから20000Hz間の振動音を聞き分けることができるのですが、現代人、とくに日々さまざまな騒音や雑音の中での仕事・居住を余儀なくされている人口密集地や産業道路、高速道路、空港付近等等の住人の可聴能力はいちじるしく減退しており、可聴力の減退が現代病をはじめとするさまざまな病気・疾患の起因のひとつになっている、との報告もあります。また伝聴研の伝田氏は「都市部の屋外などでは、騒音・雑音にかき消されて、平均8500Hzまでの音しか可聴できないし、さらに室内では、3500Hzという狭い音の領域しか聴いていない」、と述べています。
それに比較すると自然環境豊かな地域の住人は、可聴能力内のさまざまな周波数の音を絶えず耳にしており、可聴能力の減退はゆるやかだといわれています。人間の可聴能力では20000Hzの音までしか聴こえないのですが、犬をはじめとする動物たちの可聴能力は何万、何十万Hzにまで及ぶわけで、まさにナーダ・ブラフマー・「世界は音」に満たされた世界なのです。
古今東西の多くの文明や宗教では「音」を深く尊び、「宇宙の本質」とも呼びました。ヒンドゥー思想では、「宇宙の最初の動きが“AUM・オーム”という音を創造するまで、宇宙は暗黒、無音の世界であり、そのAUM音こそが創造の母の音(母音)であり、他のあらゆる音の振動数を内包するMother Tone、音の根源であった」と認識しています。
さまざまな楽器や肉声を使った「音による癒し」は世界中で今でも数多くの方法が残されています。神や仏、聖霊など超越的な力との霊的交流を深めるために、マントラやチャンティングは何千年も前から使われてきていますし、日本でも神道や仏教の祝詞、お経、真言などの伝統の中に色濃く残されています。
「音」は私たちの自律神経や免疫体、内分泌や神経系の各組織に多大なる影響と変化を及ぼすという科学的研究データは多数報告されています。ミッチェル・ゲイナー医師(コーネル大学医学校付属ニューヨーク病院ストラングがん予防センターの腫瘍科科長および統合医療プログラム所長)は、著書「音はなぜ癒すのか」の中で、クリスタルボウルをはじめとする振動性音響の心身への影響、そして音による心身のバランス・統合法を、医学的見地からのみならず、東洋の精神的・霊的な伝統を多く取り入れたユニークな方法で紹介している。この本は、音や振動性音響への理解度を深めるとともに、実践のノウハウを科学的、霊的見地より解説した、実に多くの学びと気づきを与えてくれる推奨本です。ゲーナー医師は次のように述べています。
*私は、これほど有益でありながら人に知られていない「音というくすり」は、現代医学であろうと相補医療であろうと、すべての治療家の往診かばんに入れておくべきものであるとさえ考えているほどなのだ。われわれ現代人は視覚優位の文化に毒されすぎていて、聴覚刺激の生理学的作用を、つい軽視してしまいがちである。しかし、音を活用する治療はいずれ、多くの医師や治療かにとって標準的なものになるだろうと確信している
*われわれは生まれる以前から音に包まれている。人間の胎児は妊娠3週目で、やがて耳となる器官の原型をつくりはじめる。そして子宮の中で、たえず母親の心音をききながら9ヶ月間を過ごす。だからこそ、新生児に1分間72拍の心音をきかせると落ち着き、120拍の心音をきかせるとむずがりはじめるのだ。空港のすぐそばに住む妊婦の産んだ赤ん坊が、対照群の赤ん坊よりも未発達であることの研究や、分娩から72時間以内の新生児でも母親の声を認識し、反応することを立証する研究もある
*音は直接からだに作用するだけでなく、感情レベル、思考レベル、霊的レベルに深く触れ、その人を変容させることによって、結果的にからだに作用するという効果をもたらす
*たいがいの人はすぐれたクラシック音楽をききながら、高揚であれ悲哀であれ、深い感動を覚えた経験を持っている。喜びや悲しみのあまり涙を流すことさえあり、そのカタルシス作用で、たとえ一時的ではあっても日ごろの悩みを忘れて、すがすがしい気分になることができる。とすれば、純粋な音そのものが存在のもっとも深いレベルで癒しをもたらしたとしても、別に不思議なことではない
*音の優位性は、その治療効果によって明らかだ。音には生理機能のすべてのレベルに働きかけ、そのバランスを調整する作用があるので、事実上、どんな症状や病気にも有効だと考えられる
*クリスタルボウルの利用は、音に響きによって治癒力を刺激するさまざまな方法(詠唱する、音楽を聴く、鐘やハンドベルを鳴らす、ドラや太鼓を叩く、笛を吹く、声を出す・身体の波動を変えるために母音を発声する)の一例にすぎないが、それらの作用には共通するいくつかの原理が働いている。中でも重要な原理は「調和を指向する傾向」が生命に普遍的なルールであること
*病気は体内の不調和のあらわれ、細胞または特定の器官、たとえば心臓や肺におけるバランス失調のあらわれである。とすれば、共鳴という特性を持っているクリスタルボウルは、それを奏で、それに耳をかたむける人に「宇宙交響曲」へのアクセスをうながすだけでなく、その人のからだと心に調和を回復させる作用があると考えられる
*詠唱が脳波を深いリラクゼーション状態に導くという臨床的経験は、多くの研究によって裏づけられている。私だけでなく、多くのヒーラーが、「治癒はからだの調和が失われた部分-したがって病んだ部分-に正常な周波数の振動を回復させることによって達成できる」と信じている。音が振動であり、その振動がからだの内外を微細に震わせている以上、その音は耳を介してだけでなく、全身の細胞をつうじて「きこえている」と考えなければならない。クリスタルボウルに同調する声の響きもまた、その人の存在全体に浸透している。脈はゆったりと打ち、呼吸は正常なリズムを保っている。そのとき人は、静穏な、瞑想的なまなざしで自己のいのちを見つめることができる一種の変性意識状態に入っているのである
*神経科のデーヴィッド・サイモン博士の研究によると、「癒しを目的とする詠唱や音楽には計測可能な生理学的効果がある。音によって脳内麻薬様物質の分泌が促進され、それが鎮痛作用と治癒作用をもたらすと指摘している
* 研究心理学者マーク・ライダー博士は、病原菌の侵入を防衛し、障害組織の再生にかかわる免疫細胞への、音楽とイメージ法の影響について最大規模の研究を行い、その著しい効果を認識している
*カリフォルニア人間科学研究所教授/神経視聴研究所所長のトンプソン博士は、クリスタルボウルをはじめとする楽器の生理作用に関する画期的な研究の結果、クリスタルボウルが発する音の周波数と音調は天王星が発している音のそれと同じであることが判明。天王星の輪の音は、NASAが最先端技術を用いて録音したものだが、教授は自らの研究結果を、学習遅滞児の治療やさまざまなからだの疾患の治療にも応用している
*心理医学の分野における最良の研究結果を組み合わせたそのシズテムは、「ライフソング」、「エッセンス瞑想」、エネルギー再創造」の三つのエクササイズから成り立つ。これら三つのエクササイズの鍵となるものは、音とその人自身の声である。おそらく最も単純な音源であるクリスタルボウルは、私が知る限り、呼吸・音響・共鳴の効果を利用する人にとって最も有益なツールだと思われる
以上の例でもわかるように、「サウンド・メディスン・音のくすり」、音の持つ心身への効能は計り知れない可能性を秘めており、今後ますます、現代医学や代替医療の分野での相関的な研究と実践が展開されていくことは間違いのない時代の流れです。
(文:牧野持侑)
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